奥谷禮子の私的通信 Reiko's style
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コラム
 
その人に合った働き方へ
 いま「ホワイトカラーエグゼンプション」(ノー残業代)が論議されているが、人によっては寝耳に水の議論のようだ。また戦前の労働搾取が始まるのではないか、という人がいる。知らずにそう言っているのか、ためにする意見なのか、どちらにしろ誤解を解いておく必要がある。  職種によっては、どこまでが仕事で、どこまでがプライベートか分からないものがある。研究者などは最たるもので、あるテーマに没頭しはじめれば、公私などありはしない。そういう職種の人達が企業の中にも増加している。より付加価値の高い仕事を創り出す事がグローバルな競争の中で、企業の生産性を上げる事が重要な課題である。給与や休日を含めて合理的な報い方はないものか、というのが、この「ホワイトカラーエグゼンプション」の大元の発想である。企業の中でホワイトカラーの仕事、つまり、毎日ルーティンワークをしている人は数少なくなり、人事、総務、経理、庶務にしても毎日がイノベーションであり、仕事の改善、工夫が求められる。そこには企画、開発的な仕事はついてまわる。従来のホワイトカラーの仕事と大きく変化してきている。質の変化と仕事のイノベーション、意識のイノベーションを求められる。それに対しての成果をどう評価されるのかという事になる。
 休暇も本人のデザインに任せるなど、個人の裁量の幅を広げる線で論じるべきである。企業側も優秀な人材を確保する為にも、働きやすい環境を提供しなければならない。また、企業側も働く人達が納得する評価基準を明確にしなければならない。
 日本的習慣の上司がいるから、先に帰宅できないというものでなく、自己管理・自己責任の中で仕事を遂行してゆく。その中で休日なり、労働時間を管理して自己の裁量を拡大してゆく事で、「残業代」を払わないという短絡的な問題ではなく、根本的な仕事の仕方を、働き方を従来のもの差しでない事を模索しているのである。
 アメリカでは自宅作業を認めたり、もっと多様化した働き方を実践している。わざわざ会社に来なくても、家でも仕事ができる環境ができつつあるわけで、小さな子供のいる家庭では、そういう働き方のほうが合理的である。それだからといって生産性が落ちたという話は聞かない。
 働き方の多様化と関連することだが、簡易労働裁判所みたいなものが必要だと、私は従来から主張している。働き方が多様化した場合に吹き出す様々な問題点を、ただでさえ手一杯のいまの司法制度に載せることは不可能に近い。それに、労働の専門家が関わるほうが、事は早い。
 その場合に労基法はどうあるべきか、民法の特則になっている、当事者の自由な意見を無視する法制でなく、教育基本法と同じく理念を謳ったものとして、裁判所は個々のケースに沿って理性的な判断を出していけばいいのではないか。労使の対等な、納得した契約を基本として考えるべきだと思う。
 
 
 
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